やなせたかし 明日をひらく言葉

アンパンマンの衝撃!

『やなせたかし明日をひらく言葉』表紙

はじめてアンパンマンを見たときの衝撃は忘れない。とんでもない新人が現れたと思った。困っている人を見ると、自分の顔を「僕の顔を食べるとおいしいよ」とあげてしまう。なんかトーンに反して、やっていることが残酷。挙句の果てに、欠けた顔では弱くなってしまい、敵役のバイキンマンに負けてしまう。さらに、古い顔から新しい顔に総とっかえしてパワーアップ!顔というより、頭も交換してしまって、別人にならないのか!?そうか、大切なのは、頭よりも胸、心(ハート)だといいたいのか?とにかく、とんでもない新人が現れた!あの衝撃は忘れない。

その後、アンパンマンの作者、やなせたかしは、こんなに年配の人なのか!とさらに衝撃を受けた。なんとなく20代位の人だと思っていたのだが、私よりも20年どころかそれ以上人生を重ねている人だった。全然新人じゃなかった!その新聞のインタビュー記事で、アンパンマンが自分の顔をあげるのは自己犠牲の精神の表れだと知ったが、本書には、もっとずっとくわしいところまで触れてある。

さらにその後衝撃を受けたのは、あの『てのひらを太陽に』を作詞したのもやなせたかしであった!ということだ。身近な小動物を「みんな、みんな、生きているんだ、友達なんだ」という歌詞は、小さいころから大好きだった。もっとも、このサードインパクトをうけたころには、「手のひらを太陽に透かして見れば」今日もニュートリノが地球もろとも貫通する、と続けるくらい、私はすれていたが。まあ、当時は物理学科の生意気な学生だったので、許してくれ。

さらにその後、アンパンマンがムヒのキャラクターに使われて、薬屋で売り切れ続出、とんでもない騒ぎになっているという新聞記事を読んだ。そこまでちびっ子に人気があるのかと驚いたものだった。

次のアンパンマンとの出会いは、自分に子供ができてから。だいぶお世話になった。保育園のオムツを換える場所のちょうどその天井にアンパンマンの大きな絵(?)が貼り付けてあって、オムツ換えをするときに赤ちゃんがそれを見られるようになっている工夫には感心した。アンパンマンに興味を示さなくなっていったとき、ああ、わが子も成長したなあと思った。そんな目安でもあった。

『アンパンマン』『てのひらを太陽に』誕生秘話、そして…

この本もまたBBMで知ったのだが、とにかく買ってよかった。癒された。そして、心が澄んだ。そして、歳を重ねるのが、長生きするのがますます楽しみになった。

「まえがき」を読んでから、続く【アンパンマンのマーチ】に進んだら、不意に涙がこぼれそうになった。『アンパンマンのマーチ』、今までちゃんと歌詞を認識していなかった。読みながらメロディーを思い返そうとしたが、断片的にしか記憶していなかった。そして、歌詞の深さに感動した。改めて聴いてみると、明るいメロディーに載せたこの歌詞は、いよいよ深いところに迫ってくる。私はもう目に涙を浮かべることなしにこの歌を直視できなくなってしまった。

やなせたかしがどれほど辛酸をなめてきたか、そして、それでも希望を捨てずに、どれほど努力して生きてきたか。そして、けっして偉ぶることなく、明るく生きてきたか。読んでいて、胸に迫ってくる。

「なんでぼくは世に出ないのだろう。世間は見る目がないのではないか」とやるせなく、さびしかった。
 それでも弱味は見せず、仕事もないのに徹夜で詩を書いたり、絵を描いたりしていた。何かしていないと、ますます取り残された気持ちになってしまうからだ。
 四十二歳のそのときのその日も徹夜していた。退屈し、子どものころにやっていた遊びを思い出して懐中電灯を手のひらに当ててみた。
 すると、(断腸の思いで中略)これほど絶望しているのに、体には赤い血が脈々と流れているんだ。心は元気がなくても、血は元気なんだなと、自分自身に励まされたように感じた。
 不意に「手のひらを太陽にすかしてみれば」というフレーズが浮かび、それが一つの歌詞にまとまった。この歌は、自分を励ます気持ちから生まれたのだ。

「これほど絶望しているのに、体には赤い血が脈々と流れているんだ。心は元気がなくても、血は元気なんだ」。以上は漫画家として独立してから8年後の話。そして、次のページ。

「やなせさんはずーっと順調にきていて、一度も挫折したことがありませんね」
と言われることがある。
とんでもない。
挫折というのは途中で駄目になることだが、
ぼくは四十歳を越えてもまだ五里霧中で、
挫折どころか、出発していなかった。

他にも引用したいところがたくさん。「第2章 仕事と運不運」は全部ここに書き出したいくらいだ。

「第6章 いのちと生き方」も、90歳を越えてなおますます盛んの、もうこの方にしか書けない内容。

 歳をとると枯淡の境地になるかと想像していたが、全然ならない。今でも素敵な異性を見ると心がときめき、恋する心もある。異性にもてたい、恋していたいという気持ちは、いくつになっても涸れないのだ。
 恋する人ができたときにギュッと強く抱きしめるには筋力が必要だから、毎日何十回も腕立て伏せをして、そのときに備えている。デパ地下をぐるぐる歩いて、足腰の鍛錬にも余念がない。

やなせたかしさん、サイコーです。素敵です。

 漫画家として屈折した思いを持っていたころ、さびしさの中から生まれたこの歌(※)がみんなに愛され、半世紀も歌い続けられるなんて、想像さえしていなかった。
 アンパンマンが絵本になってからも、ちょうど四十年たった。大人たちにはそっぽを向かれたけれど、純粋無垢な子どもたちは熱狂的に支持してくれた。

それにしても『それいけ!アンパンマン』のアニメ放送開始が69歳のとき。普通なら、とっくに仕事を引退しているときから、いよいよ忙しくなったとは。まさに人間万事塞翁が馬。
 ※もちろん『てのひらを太陽に』のこと

やなせたかしさん、ご冥福をお祈りします。上に挙げたのは、ほんの一部。この一冊は、もう丸ごと私の宝物。編集されたPHP研究所の方々、本当にありがとうございます。

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やなせたかし 明日をひらく言葉 (PHP文庫)

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初回更新:2013-11-17 (日) 19:11:02
最終更新:2016-09-29 (木) 08:40:10
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