勝間さん、努力で幸せになれますか

感想など

勝間和代と香山リカの対談だが、とことんかみ合わない二人(笑)。それもこれも見ている世界、住んでいる世界がまるで別だからだろう。

元が雑誌の対談企画だからだと思うが、全般的に香山リカが勝間和代につっかかっていき、勝間和代が自分の土俵で精一杯答えるという構図。

勝間和代は自分のできる範囲で精一杯努力しており、そりゃあ人間だから至らないところもあるだろうけど、それを香山さん、勝間さんに突きつけてもなあ、というところがたびたびあった。<勝間和代>は成功者のアイコンだから(そして企画だから)突っ込んだということなんだろうけど(くわしくは本書をお読みください)。

どちらの言い分もとてもよくわかる。私はどちらの味方でもないし、お二人のどちらにもどちらかといえば好感をもっている。かみあわなすぎるので、内容的には参考になることは少ないかもしれない(笑)。

私が一番こたえたのは、香山リカの「努力したくてもできない人」というキーワード。確かにそういう人もいるんだなあって。

しかし、努力できる人が努力をしないというのは、人生の選択肢としてありかというと、それはどうかと思った。確かにそういった人を抱えられる世の中は豊かな社会だと思う。

香山リカの言うこと、ほんとによくわかる。『釣りバカ日誌』の浜ちゃんみたいな人。そういう人が職場にいてもいいとは思う。しかし、今の日本の企業には、そんな人を抱える余裕はきっとないだろう。そのあたりの指摘は、勝間和代の言うこと、まったくその通りだと思う。競争や評価のうえでの不公平感というところも同意だ。そのあたりは読んでいて、今のヨーロッパのギリシアとドイツが思い浮かんだ。

一方で、努力とか教育とか、上から目線で強いられるのは、私にかぎらないと思うが、苦痛に感じる。企業内のある種の研修のようだ。ドイツ人がギリシア人に、働け!と言ってもうっとうしいだけだろう。勤勉なドイツ人がギリシア人に、お前たちに働く喜びを教えてやる!といったところで受け入れられるかどうか。香山リカが、そこでも教育ですか?となんだかあきれているような感じも理解できる。

利他行動についての議論が熱くなされてもいる。これについては、そのうち人生の極意の方に自分の意見を書く予定だが、別に何も難しいことはないと思っている。ヒトは社会的な動物なので利他的に振舞ったほうが利己的に考えて有利なことがしばしば起こる。だから本能的に遺伝的に利他的に振舞うと気持ちよく感じるように体ができている。ただそれだけのことだ。自分もおなかがすいているときに、他の人にもパンを分け与えようかどうか悩んでしまうのは、あるいは分けなかった場合何らかの居心地の悪さを感じてしまうのは、当然のことなのだ。香山さん、人間ができていないのではなくて、ヒトはそうできているんですよ!

まだ書き足りないことがあるな。つづくかも。あれ、この本、やっぱり相当おもしろいんじゃん!

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勝間さん、努力で幸せになれますか

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初回更新:2012-06-12 (火) 10:11:49
最終更新:2013-10-24 (木) 14:17:37
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