半裸の日々

きっかけ

googleで稲垣瑞雄を検索していたら、ネット詩誌 MY DEAR:147号 書評がヒットした。リンク先を一部抜粋する。

作品『蜂の時間』は、解説不要の名作に思う。対象がスズメ蜂ということで、克明に観察していること自体、冒頭からの緊迫感である。

この『蜂の時間』をぜひ読んでみたいと思った。ネットで調べてみると、通勤途中にある本屋に置いてあるようだった。そこで立ち読みした。その他の詩もいくつか読んだ。

その後、アマゾンで買うことにした。その本屋で買ってしまうと、これを目にするヒトが減ってしまうと思ったからだ。アマゾンでは当時、古本が1円から売っていたが、それを買う気にはとてもなれなかった。新品を買った。記録によると2011年6月25日だ。

感想など

「先生、ここがおかしいですよ」と鬼の首を取るべく、いちゃもんつけるべく、いやらしい気持ちで最初読もうとしていた。それが『蜂の時間』の存在を知ってからの目的だった。先の詩評にあるとおり「克明に観察している」ことは間違いなかった。「僕はもともと理系なんですよ」と何度か授業で聞いていたが、本当だなと思った。

私はスズメバチが割合好きで、よく写真も撮っている。だから「悪魔」とは思わないのだが、とにかくこの詩には付け入る隙がない。それが私にわかる精一杯のことだった。私はあきらめた。

その他、感想を書けるほど詩が理解できない。読めない漢字があまりに多く、自分の無知ぶりに愕然とした。こんな私を眺めて、ニヤニヤしている姿が浮かぶ。

しかし、例えば、『パルピスウォーター』。何度も読み返したが、しばらく「パピルス」と読み間違えていたが、最初に立ち読みしたときから、汗だくになった。すでにクールビズで、確かに震災の影響で店内のエアコンは抑え目だったとは思うが、私は汗をびっしょりかいた。体が硬直した。壮絶、としか言いようがなかった。

他にも、いろいろ闘っている。国語が比較的出来るヒトに、ちょっとこれ読んでみてよと薦めたら「闘病記でしょ」と軽く片付けられて腹が立った。「闘病記…」ものすごい違和感があった。一般的にはそういうことになるのかと何度もヒトの立場に立ってとよくやるように自分に言い聞かせてみた。しかし、違う。何かが決定的に違う。闘っているのは病じゃない、もっと別の巨大な何かだ。そこまで言葉を搾り出すのにも何日も要した。「闘病記」とか物事を簡単に矮小化しないでほしい。先生が闘っているのは、いや、稲垣瑞雄が闘っているのは、もっと別の巨大な何かだ。

私にとってもっとも大切なこと

先生が亡くなっていたというのを知ったのは、今朝の4時過ぎだった。高校の同期の飲み会のお誘いのメールが来ていて、その中に書かれていた。あまりのショックで、今朝は早くから出勤して仕事をするはずだったのだが、もうこんな時間になってしまっている。続きはまた、気力、体力が充実しているときに書きたい。先生への感謝をこめて。

購入・各種データ

画像は楽天ブックス、文字はアマゾンにリンクを張ってあります。

半裸の日々

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初回更新:2013-03-22 (金) 09:26:55
最終更新:2013-12-08 (日) 10:06:40
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