反省させると犯罪者になります

『反省させると犯罪者になります』表紙・クリックで拡大

おおいに納得の一冊!

過激なタイトルだが、内容はいたって誠実。読み進めるごとにいちいち納得。きれいごとでない、われわれが抱く心理をずばり突き、それを著者の実践が裏打ちするのでとても説得力がある。読みながら『最強交渉人が使っている一瞬で心を動かす技術』に書いてあることを何度も想起した。

以下の目次に目を通してもらえれば、なんとなく内容はイメージできるのではないだろうか。

第1章 それは本当に反省ですか?
第2章 「反省文」は抑圧を生む危ない方法
第3章 被害者の心情を考えさせると逆効果
第4章 頑張る「しつけ」が犯罪者をつくる
第5章 我が子と自分を犯罪者にしないために

内容を簡単にまとめると、何かやらかしたとき(別に犯罪に限らない、犯罪はその「代表」)、直ちに反省を求めるのは、もとの原因を抑圧してしまうのでかえって逆効果。問題行動を起こした当人の心理をまず吐き出させ、それによって真の反省が得られる、というような内容。

「第1章 それは本当に反省ですか?」の冒頭、まずは著者の体験談から入る。これを自分に置き換えてみて、至極納得。うまい導入だと思った。

私は仕事で何十枚も始末書を書いてきたが、心から反省したことはただの一度もない。ただ、屈辱的だっただけだ。回数を重ねるにつれ、素早く書けるようになっただけ。

クレームに対する謝罪文でも同じ。いや、もちろん、本当にすまなかったと思うことはあるが、謝罪文を書くときは、相手がこれを読んでどう思うかということしか考えない。最初の頃は、謝り方が足りないとよく上司に指導されたものだ。

一度、会議中に社長室に上長といっしょに呼ばれるレベルのクレームを起こしたことがあるが、そのとき社長に言われたことは、「これが本当なら二部上場どころではなくなる」「本当のところどう思っているかはいいから、すごく参っているということが伝わるように振舞え」ということだった。

読んでいて思ったのは、(少なくとも日本では)反省や反省文は真の反省のためでなく、相手の気持ちを鎮めるための方法論に過ぎないということだ。本書にはいくつか芸能人の例も出ているが、有名人の謝罪会見など、その際たるものだ。それはそれで一部機能するとは思うが、根本解決にはならず、問題を先送りにして、さらに悪化させるというからたちが悪い。

ただ、多くの人は、反省を直ちに求められて、結果として抑圧されても、どこかでうまくバランスをとる。だから犯罪者にはならない。それは親をはじめとして、誰か受け入れてくれる人がいるから。親の無償の愛が足りなかった(ほとんどなかった?)人が犯罪者になるというのもよくわかる。実際に、私の中学生のときの同級生で問題を起こしていたのは、親が離婚しそうだとか家庭環境がすさんだ人ばかりだった。

だから、本書にも出てくるが、いじめの問題も、必ずいじめる側からのアプローチが必要だと以前から思っていた。私自身は、小学校1年か2年のとき、集団で意地悪をされたことが一度だけあるが、それっきりでいじめにあったことはない。いじめたこともないが、悪ふざけで友達に怪我をさせたことはある(その後反省文を書いた。そのことは通知表にも書いてある)。また、中学生のときにいじめの傍観者になったことはある。最初は見ていて楽しかったと告白せざるをえない。そのうちやりすぎだろうといたたまれない思いがしたが、止めることはなかった。

いじめをする子は、なんらかのストレスを抱えている。ドラマ『スクール!!』でもまさにそれが描かれていて、あれも我が意を得たり!だった。

この本に反発する人も多いだろう。私自身いじめについても触れてある第4章の内容には、諸手を挙げて賛成とは言わない。ただ、書いてある内容そのもの以上に、著者の言わんとしていることには大いに共感する。多くの親、多くの教師、多くの上司にこの本を読んでもらいたい。誰もが著者のようにはできないだろう。それでも、本書を読み、参考にして、そこからまた自分なりのスタイルを構築していくことは、けっして悪くないと思う。

購入・各種データ

画像は楽天ブックス、文字はアマゾンにリンクを張ってあります。
私はhontoで買いました。

反省させると犯罪者になります (新潮新書)

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初回更新:2013-10-17 (木) 09:53:30
最終更新:2013-10-17 (木) 09:53:30
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